親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
仕事や勉強、読書、執筆、ゲーム、ときにはリラックス――心地よいライフスタイルを築くために、相棒となるデスクや椅子にはこだわりたいもの。
シチュエーションだけでなく、使い心地やインテリアによっても、ぴったりのツールはそれぞれ異なります。オカムラショールームでは、プロの解説を受けながら、実際に座ったり、デザインや機能を確認したりできます。
モノ選びへのこだわりを持つゲストが、オカムラショールームを探検しながらお気に入りの家具を見つけていく本企画。第8回は、作家の朝比奈秋さんに登場いただきました。
芥川賞作家であり、現役の消化器内科医である朝比奈さん。多忙な肩書きとは裏腹に、「椅子にも机にもまったくこだわりがなかった」のだと言います。しかし、あることをきっかけに執筆環境を見直すことを決意。2025年11月にオープンしたオカムラの個人向けサロン「Chair isn't(チェアイズント)」を訪れ、自分にフィットするチェアとデスクを真剣に吟味しました。
椅子の専門家「オカムラチェアマスター」のアドバイスを参考にしながら、たっぷり1時間かけてさまざまな椅子を座り比べた朝比奈さんが、最終的に選んだ運命の一脚と一台とは?
「一回死んだ」反動から今の生き方に
紀尾井町のニューオータニ・ガーデンコート2階にある、オカムラの個人向けチェアサロン「Chair isn't(チェアイズント)」。2025年11月にオープンしたばかりのこの空間は、10種類以上のオカムラ製チェアを常設し、誰でも予約不要で座り比べができる体験型サロンです。

今回、チェアとデスクを購入検討するために「Chair isn't」を訪れたのは、作家の朝比奈秋さん。
作家になるまでは僻地医療から救急救命まで、過酷な現場で常勤医を務めてきた朝比奈さんが思い立って小説を書き始めたのは、35歳のときでした。その後、2021年に作家デビューを果たし、医師としての実体験を基に身体性を題材にした作品は高く評価され、芥川賞をはじめ数々の文学賞を受賞。2025年には芸術選奨新人賞も受賞し、現在は執筆を生活の中心に置いています。

小説家・朝比奈秋さん
普段は「働いている」という意識はあまりなくて、気ままな毎日を送っています。朝は8時頃に起きて、メジャーリーグを見たり、散歩に行ったりしながら、ぼんやりとしているうちに何かが浮かんできたら書くし、疲れたらやめる。月に2回、非常勤医として出勤する日だけは朝5時に起きて夕方7時くらいまで病院で一日中働きますが、それ以外は毎日が日曜日みたいなものです。
作家業が主軸となった現在は、どのような執筆環境で書かれているのでしょう?
僕は家具にも道具にまったくこだわりがなかったので、小説を書き始めた頃のまま、普通のローテーブルの上にクッションを乗せ、その上にノートPCを置いて書いています。
以前に作家仲間のLINEグループで、「椅子を買い替えようと思っている」と一人が言い出したときに、「私はこの椅子を使っている」「僕は◯◯のデスク」とみんなが自分の執筆環境をアップしたことがあったんですね。そこで僕だけローテーブルと潰れてくたくたになったクッションをアップする勇気はさすがになかった(笑)。「え、みんなちゃんとした椅子に座って書いてたのか」と驚いたくらいです。
意外にも執筆環境には無頓着だったそうですが、その出来事がきっかけとなり、「執筆環境を見直そうかなという気持ちが芽生えた」と言います。
その後も別の場で「いい椅子はやっぱり違う。座るとわかりますよ」という話を聞いたので、それにも後押しされて、「じゃあちゃんとした椅子に座って書けば、もっと長い時間、小説を書いていられるのかな」と思うようになったんですね。と言っても、僕は思い浮かんだら書き始めるタイプなので、締め切りなんてあってないようなものですが。
小説を書くときは、種を蒔いたから芽が伸びてくるのを待つようなもの。水も肥料もあげるけど、水を3倍与えたら3倍早く育つわけじゃないですよね。すぐに芽が出なくても、実がつかなくても仕方ない。だから、頑張らないと決めています。
「頑張らないと決めた」背景には、壮絶だった勤務医時代の経験があります。残業時間が月300時間を超えていた頃は、エレベーターの移動中のわずかな数秒間に壁に寄りかかって仮眠を取り、手術中も指先に力を入れたまま眠りに落ちそうになるほど身体が追い詰められていたそう。「あのときに自分の体は一度死んだ」と実感したことが、今の創作の姿勢に繋がっているそうです。
とはいえ、一日の執筆時間に関していえば、「10分で書くのをやめるときもあれば、20時間くらい書き続ける日もあった」というほど両極端なのだとか。
2年ほど前に『サンショウウオの四十九日』を書いていた時期は、1日20時間書いて4時間寝る、というような地獄のような執筆スタイルでした。ああいう書き方はもう二度としたくないですね。だから、この先はもう自分が心地よくいられる環境だけを求めていきたい。
では、そんな朝比奈さんが、今回のチェア&デスク探しで求めるものとは?
僕は一つのものをずっと長く使うタイプなので、長く持つものがいいですね。すると体に馴染んでくるので、そればかり使うようになる、というのが自分の流れなので。
今のローテーブルもクッションも15年くらい使っています。デスクに関していえば、キーボードを打つときに楽なように天板が斜めになるデスクを試してみたいです。

「もう背骨を立てたくない」身体感覚に響いた一脚
ここからは、オカムラのチェアに関する深い知識と経験を持つスペシャリスト「オカムラチェアマスター」による説明を受けながら、朝比奈さんが実際にさまざまな椅子を座り比べていきます。

「椅子には浅く腰掛ける」といったマナーとしての「正しい」座り方ではなく、体にかかる負荷が少ない「好ましい」座り方のための3つのポイントについてレクチャーを受ける朝比奈さん。
写真やスペックを見ただけではわからない「自分に合った座り心地」を体で確かめるために、展示されているコンテッサ セコンダ、サブリナ、シルフィーなどを順々に試していくなかで、最も朝比奈さんの心を掴んだのは「バロン」でした。

バロン
あー、このもたれ具合は最高ですね。頭から腰まで、すべてを椅子に預けていられる感覚がすごく心地いい。背もたれだけが傾くんじゃなくて、座面も一緒にスライドするのでお尻も一緒に沈み込むからちょっと浮遊感すら覚えます。オンラインの打ち合わせも全部この姿勢でやりたいくらい。もう自分で背骨を立てたくない、ずっともたれかかっていたい自分にぴったりです(笑)。
洗練されたデザインが目を引くバロンですが、最大の魅力は人間工学に基づいた快適な座り心地を追求している点です。後頭部をやさしく支えるヘッドレストも併せて、これらが朝比奈さんの180cmある長身をすっぽり包み込んでくれます。

肘を支えるアーム部分の角度が内外の両方向に調節できるのもいいですね。内側に30°曲げると、キーボードを打つときの手の角度にぴったり沿って支えてくれるので、執筆中の負担がラクになる気がします。最近ずっと欲しいと思っている分割キーボードとの相性もよさそうですね。

肘掛けとの相性も抜群。「ここに肘を置いてスマホを見ることもできますね」と朝比奈さん
自分の最適解を知っているから迷わない
他の候補と迷うこともなく、これから長年付き合うことになるであろう新たな相棒を「バロン」に決めた朝比奈さん。その即断即決ぶりは、オプション選択でも同様でした。

カラーはブラック、背もたれは首までしっかりサポートするヘッドレスト付きのエクストラハイバックを、座面はクッション素材、アームは可動するアジャストアーム、脚のフレームは落ち着いたつや消しのシルバー塗装、背面には上着をかけられるハンガーも追加……とサクサク選択。迷わない理由は、単に好みの問題だけではなく、自身の「最適解」をすでに把握していることが大きいようです。
日光を浴びると体がつらくなる「光線過敏症」と診断されていることと、もともとの閉じこもりがちな性格もあってか、好きな色や「これじゃないとあかん」っていう素材が決まっているので、こういうのは何でも一瞬で決められるんです。自宅では遮光カーテンを締め切ってモグラのような生活をしているので。
だから、新しく何かを選ぶときも色は黒系が落ち着くし、素材はピカピカ光るものよりマットな質感のものを選ぶようにしています。
医学生時代の記憶を呼び覚ましたデスク
バロンのパートナーとなるデスクも同様で、リーガスのL型水平番タイプを即決。天板を傾斜させることで最適な角度を選べること、デスクの高さを電動で簡単に変えられることが決め手となりました。
バロンに座った状態で、リーガスで作業する感覚を実際に確かめた後、天板の高さを上げて立ち姿勢で作業できる状態にもトライした朝比奈さん。すると、過去の記憶が瞬時に呼び起こされたようです。

あ、この立ったまま勉強する姿勢、医学生時代によくやっていました。卒業試験を直前に控えて試験対策をしていた時期があったのですが、そのときずっと椅子に座り続けていたらお尻が痛くなって、気分転換に部屋の隅にあった小さな冷蔵庫の上に教科書を開いて立ったまま勉強してみたことがあったんですよ。
で、立ちっぱなしでふくらはぎが痛くなってきたら、また椅子に戻る。6時間は椅子に座って、6時間は冷蔵庫を机に立ったまま勉強して、また今度は椅子で6時間、というローテーションで1日18時間勉強するという日々を過ごしていました。
さすが医学部生……と唸ってしまうエピソード。猛勉強も過酷な勤務医時代の経験も、すべてを作家としての糧にしつつ、自然体で書き続ける姿勢が朝比奈さんの作品世界を作り上げているのかもしれません。
バロンとリーガスに決め、新たな相棒を見つけた感想を最後に伺いました。
最初に「長持ちするものがほしい」とお伝えしましたが、使い心地はもちろん、耐久性にも自信があると聞いて安心しました。
僕、今使っているダウンジャケットは20年ものなんですね。Tシャツも平気で18年くらい着続けているんです。だから多分これからはずっと、この椅子と机で書き続けていくことになると思います。


1981年、京都府生まれ。医師として勤務しながら小説を執筆し、2021年「塩の道」で第7回林芙美子文学賞を受賞しデビュー。『植物少女』(三島由紀夫賞)や『あなたの燃える左手で』(泉鏡花文学賞、野間文芸新人賞)など、医療現場の経験を基にした身体性や境界をテーマにした純文学で知られる。24年『サンショウウオの四十九日』で第171回芥川龍之介賞を、25年に刊行された『受け手のいない祈り』で翌年に芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。現役の消化器内科医でもある。
取材・執筆:阿部英恵 写真:栃久保誠 編集:桒田萌(ノオト)
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